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電力不足、原発活用…転機迎えたエネルギー政策の背景は? 橘川武郎国際大副学長に聞く【けいざい百景】

2023年01月11日08時00分

 2022年、日本のエネルギー政策は大きな転換期を迎えた。

 電力自由化を受けた電力会社による経営効率化や脱炭素化を背景に火力発電所の休廃止が進む中、3月には地震による火力発電所の停止と想定以上の気温低下で、東京電力と東北電力管内で電力需給が逼迫(ひっぱく)。経済産業省は両管内で初の「電力需給逼迫警報」を発令した。火力発電の供給力は、21年度までの5年間で714万キロワット低下。22~26年度は原発15基に相当する1494万キロワットの供給力が減る見込みで、今年も電力需給は厳しい状況が予想される。

 一方、ロシアのウクライナ侵攻を受け、電力やガスの原燃料となる液化天然ガス(LNG)供給途絶への危機感も高まった。燃料価格は高騰し、電力自由化で新たに参入した「新電力」の倒産も相次いだ。政府は電力の安定供給や脱炭素化の推進に向け、東京電力福島第1原発事故後に凍結してきた原発の運転期間延長や建て替えの推進を決定。今月下旬の通常国会に関連法案を提出する。ただ、原発反対派からは議論が拙速との声も出ている。

 なぜ今、電力需給の逼迫が表面化し、政府は原発活用にかじを切ったのか。経産省の審議会委員を20年以上務め、原発政策について自身を「中間派」とする国際大の橘川武郎副学長に背景を聞いた。(時事通信社経済部 大槻麻莉子)

原発建て替え、事業者は消極的

 ―電力の需給逼迫は、電力自由化で電力会社が経営効率化を進め、発電所への新規投資が滞ったことも原因では。
 22年3月は、福島県での地震で火力発電所の機械が故障した上に、悪天候で太陽光発電も稼働しなくなり、東京エリアで電力危機が起きた。
 電力自由化していなければ、電力供給に掛かる各種費用に一定の利益を上乗せする「総括原価方式」の下で設備投資が進み、こうした電力供給の不安定化が起きにくかったことは確かだ。ただ、自由化すれば供給力不足が起こるのはコインの表裏のように当然で、今の現象は想定の範囲内だ。石炭火力発電所は今、建設ラッシュで新規稼働が続いている。

 ―火力発電所の休廃止などで電力の安定供給に懸念が生じる中、政府は原発活用にかじを切った。
 そういう整理は政府にだまされている。政府が昨年決定したことは、既存原発の運転期間の延長だけだ。運転延長は10年や20年先の話で、足元の電力供給とは全く関係ない。政府は今がチャンスだと思い、もともと進めたかった運転延長を決めた。

 ―次世代型原発の建て替え方針も打ち出された。
 原発は危険なものなので絶対に安全とは言えないが、(老朽化した原発より)次世代型原発の方が危険性は小さいと言える。
 もっとも、経産省は本気で次世代型原発を建設したいのだろうが、実際には難しいのではないか。次世代型原発の建設には1兆円掛かるとされるが、運転延長に掛かるコストは数百億円で済む。電力会社からすれば、運転期間を延長できるのであれば新設する必要が薄れる。次世代型原発を「見せ球」にして運転延長を実現したいというのが、岸田政権や電力会社の最初からの狙いだろう。

 ―政府が原発活用を掲げる理由は。
 原発は一番まとまった形で発電できるし、稼働さえすれば既存原発の発電コストは安い。反原発派は「原発の発電コストは高い」と主張し、推進派は「安い」と言うが、私は既存原発が稼働すれば発電コストは安く、新設は高いのが実態だと思う。そういう意味で原発は魅力的な電源で、資源小国の日本には必要だ。
 ただ、原発はどんなに調子よく稼働していても、他の国や電力会社で事故があれば突然動かすことができなくなり、それが長期化する。この不安定さを想定しないといけないので、もはや主力電源にしてはいけない。
 日本は18年の第5次エネルギー計画で再エネを主力電源化する方針を定めた。足元の需給逼迫に対しても、原発ではなく、再エネでどう対応するのかという議論をすべきだった。

予想できた「新電力」撤退

 ―電力の自由化をどう評価するか。
 自由化のメリットは大きく二つある。一つは、顧客の選択の幅が広がった。例えば、電力事業に参入するガス会社に契約を取られないよう、電力会社は従来の規制料金メニュー以外にサービスを高めた自由料金メニューをつくった。東京と関西エリアでは、電力とガス会社の間でかなり激しい競争が生まれた。
 もっとも、ガス会社が電力事業に参入しなかった東北や北陸、広島、四国、沖縄のエリアでは、電力会社も忖度(そんたく)してか、あまりガス事業に参入せず、競争は弱い。電力会社間の競争も首都圏が中心となっている。
 メリットの二つ目は、電力会社にガバナンスが効くようになった。それまでは「総括原価方式」の下で経営努力が生まれづらかった。

 ―顧客獲得競争では、関西電力など大手電力4社が「カルテル」を結んでいた疑いも浮上した。
 今後の電力会社間の協力に相当しこりを残すだろう。今までちゃんと競争してこなかったから(関西電などは)そうした対応しか思い付かなかったのだろうし、象徴的な出来事だ。ガバナンスが向上するプロセスで起きた事件と言える。

 ―世界的な燃料価格の高騰で、自由化に伴い設立された「新電力」の倒産が相次いだ。
 最初から予想されたことだ。そもそも、発電施設を持たない新電力が経営的に脆弱(ぜいじゃく)なことは事前に分かっていたはず。それにもかかわらず、消費者は値段が安いからと目先の判断で契約した。自由化に対する幻想が強かったのだろう。自由化は選択肢を広げるが、消費者の目利きが必要になる。
 また、自由化で電気料金は下がると期待されていたが、それは間違いで直接は関係ない。日本の電源構成は7割以上が火力発電なので、電気料金は以前も今も、発電用燃料の価格に左右される。

(2023年1月11日掲載)

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